無い事が直覚されたのであった。
 私はソレを見ると、心の底からホッとした。
 何を隠そう私は、これが見たいばっかりに、わざわざ病室を出て来たのであった。午前中に同室の青木だの、柳井副院長だのから聞かされた「足の幽霊」の話で、スッカリ神経を攪《か》き乱された私は、もう二度と「足の夢」を見まい……今朝《けさ》みたような気味のわるい「自分の足の幻影」にチョイチョイ悩まされるような事になっては、とてもタマラナイ……とスッカリ震え上がってしまったのであった。……のみならず私は、この上に足の夢を見続けていると、そのうちに副院長の話にあったような、片足の夢中遊行を起して、思いもかけぬ処へ迷い込んで行って、飛んでもない事を仕出《しで》かすような事にならないとも限らないと思ったのであった。……私たち兄妹《きょうだい》は、早くから両親に別れたし、親類らしい親類も別に居ないのだから、私の血統に夢遊病の遺伝性が在《あ》るかどうか知らない。しかし、些《すくな》くとも私は、小さい時からよく寝呆《ねぼ》ける癖があったので、今でも妹によく笑われる位だから、私の何代か前の先祖の誰かにソンナ病癖《びょうへき》があって、そ
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