科参考の異類|異形《いぎょう》な標本たちは、一様に漂白されて、お菓子のような感じに変ったまま、澄明なフォルマリン液の中に静まり返っている。
 私はその標本の棚を一つ一つに見上げ見下して行った。そうして一番奥の窓際の処まで来ると、最上層の棚を見上げたまま立ち止まって、松葉杖を突っ張った。
 私の右足がそこに立っているのであった。
 それは最上層の棚でなければ置けないくらい丈《たけ》の高い瓶の中に、股《もも》の途中から切り離された片足の殆《ほと》んど全体が、こころもち「く」の字型に屈《かが》んだままフォルマリン液の中に突っ立っているのであった。それは最早《もう》、他の標本と同様に真白くなっていたし、足首から下は、棚の縁に遮《さえぎ》られて見えなくなっていたが、その膝っ小僧の処に獅噛《しが》み付いている肉腫の形から、全体の長さから、肉付きの工合なぞを見ると、どうしても私の足に相違なかった。そればかりでなく、なおよく瞳を凝《こ》らしてみると、その瓶の外側に貼り付けてある紙布《かみきれ》に、横文字でクシャクシャと病名らしいものが書いてある中に「23」という数字が見えるのは、私の年齢《とし》に相違
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