廊下に曲り込んで行った。
その廊下には、大きな診察室兼手術室が、会計室と、外来患者室と、薬局とに向い合って並んでいたが、その薬局の前の廊下をモウ一つ右に曲り込むと、手術室と壁|一重《ひとえ》になった標本室の前に出るのであった。
私はその標本室の青い扉《ドア》の前で立ち止まった。素早く前後左右を見まわして、誰も居ない事をたしかめた。胸をドキドキさせながら、出来るだけ静かに真鍮の把手《ハンドル》を廻してみると、誰の不注意かわからないが、鍵が掛かっていなかったので、私は音もなく扉《ドア》の内側に辷り込む事が出来た。
標本室の内部は、廊下よりも二尺ばかり低いタタキになっていて、夥《おびただ》しい解剖学の書物や、古い会計の帳簿類、又は昇汞《しょうこう》、石炭酸、クロロホルムなぞいう色々な毒薬が、新薬らしい、読み方も解らない名前を書いた瓶と一所に、天井まで届く数層の棚を、行儀よく並んで埋めている。そうしてソンナ棚の間を、二つほど奥の方へ通り抜けると、今度は標本ばかり並べた数列の棚の間に出るのであったが、換気法がいいせいか、そんな標本特有の妙な臭気がチットモしない。大小数百の瓶に納まっている外
前へ
次へ
全89ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング