れが私の神経組織の中に遺伝していないとは、誰が保証出来よう。しかも、その遺伝した病癖が、今朝《けさ》みたような「足の夢」に刺戟《しげき》されて、極度に大きく夢遊し現われるような事があったら、それこそ大変である。否々《いないな》……今朝《けさ》から、あんな変テコな夢に魘《うな》されて、同室の患者に怪しまれるような声を立てたり、妙な動作をしたりしたところを見ると、将来そんな心配が無いとは、どうして云えよう。天にも地にもタッタ一人の妹に心配をかけるばかりでなく、両親がやっとの思いで残してくれた、無けなしの学費を、この上に喰い込むような事があったら、どうしよう。
私は今後絶対に足の夢を見ないようにしなければならぬ。私は自分の右足が無いという事を、寝た間《ま》も忘れないようにしなければならぬ義務がある。
それには取りあえず標本室に行って、自分の右足が立派な標本になっているソノ姿を、徹底的にハッキリと頭に印象づけておくのが一番であろう。
「貴方の足に出来ている肉腫は珍らしい大きなものですが……当病院の標本に頂戴出来ませんでしょうか。無論お名前なぞは書きませぬ。ただ御年齢《おとし》と病歴だけ書か
前へ
次へ
全89ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング