ラ御覧なさい。ビックリするでしょう。ホッホッホ。あの人が昨夜《ゆんべ》入院した時の騒ぎったらなかってよ。何しろ歌原商事会社の社長さんで、不景気知らずの千万長者で、女盛りの未亡人で、新聞でも大評判の吸血鬼《バンパイア》と来ているんですからね」
「ウ――ン。それが又何だってコンナ処へ……」
「エエ。それが又大変なのよ。何でもね。昨日《きのう》の特急で、神戸の港に着いている外国人の処へ取引に行きかけた途中で、まだ国府津《こうづ》に着かないうちに、藤沢あたりから左のお乳が痛み出したっていうの……それでお附きの医者に見せると、乳癌《にゅうがん》かも知れないと云ったもんだから、すぐに自動車で東京に引返して、旅支度《たびじたく》のまんま当病院《ここ》へ入院したって云うのよ」
「フ――ン。それじゃ昨夜《ゆんべ》の夜中だな」
「そうよ。十二時近くだったでしょう。ちょうど院長さんがこの間から、肺炎で寝ていらっしゃるので、副院長さんが代りに診察したら、やっぱし乳癌に違いなかったの。おまけに痛んで仕様《しよう》がないもんだから、副院長さんの執刀で今朝《けさ》早く手術しちゃったのよ。バンカインの局部麻酔が利かな
前へ
次へ
全89ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング