であるが、何もかも眩しい程の白ずくめの中に、黒い縮れた髪に蔽われた頬と、胸に挿した一輪の薔薇《ばら》とが薄紅色をしているばかりである。雪の精というものがもし外国にあるならば、このような姿ではあるまいかと私は思った。
その瞬間に雷のような喝采が再び湧いた。私はシュミッド特製のオペラグラスを眼に当てた。
私は決して好色漢ではないつもりであるが、青年時代を西洋で過したお蔭で、美人の鑑定法ぐらいは一通り心得ているつもりである。殊に、美人というものの標準から見れば、日本美人は到底、西洋美人の敵でないという議論は、よく洋画家なぞが口にするところで、自分も固くそう信じているのであるが、不思議にも今まで、あまり共鳴者がないばかりでなく、西洋かぶれの候《そうろう》のと烈しい反対を喰った事さえある。これはこの議論が、日本人特有の負け惜しみ根性を刺戟するせい[#「せい」に傍点]らしいが、それにしても、これ位明白な事が解らぬというのは、余りに尻《けつ》の穴の狭い話で、こんな涙ぐましい愛国心ばかりで固まり合っているから、横着な、図々しい西洋文明にたたき付けられてしまうのだと、私はいつも憤慨していた。殊に今双眼鏡の中に入って来たカルロ・ナイン嬢の姿を見ると一層この感を深《ふこ》うしたのであった。
ところで西洋美人の最美なるものは、常に黄金《こがね》色の髪の毛と、空色の瞳とを持っているものである。しかし吾々日本人の眼から見ると、露西亜《ロシア》、伊太利《イタリー》、もしくは西班牙《スペイン》系統の美人に見るような、黒い髪と、黒い瞳の方が一層深い親しみと懐しみを感じられるのは無理からぬ訳である。カルロ・ナイン嬢は正《まさ》にその後者の方で、全体に小柄の方であるが、心持|玉子《たまご》形をした拉典《ラテン》系統の顔の輪廓と、端麗花を欺《あざむ》く眼鼻立ちと、希臘《ギリシャ》の古彫刻そのままの恰好のいい頸《くび》すじと、気高くしなやかな身体《からだ》付きとは、人種と男女と老若の差別を問わず、満場を恍惚《こうこつ》たらしむる資格を十分に持っている。殊にその白い華奢《きゃしゃ》な長靴に包まれた足首の恰好のいい事……私は決して好色漢ではないが、こんな素晴らしい足首は日本美人には絶対に発見されない。カルロ・ナイン嬢の身体《からだ》にはこれ等のすべての条件が遺憾なく備わっているばかりでなく、その容姿の全体が一種の清らかな、侵し難い気品に包まれている。しかもこの気品は後天的な修養で得られるものではないので、事によるとこの少女は、欧洲のどこかの貴族の出ではあるまいかと疑った位である。いずれにしてもこの曲馬団の花として露西亜趣味の荒っぽい演技の中《うち》に嬢の姿を加えたのは、取り合わせからいっても大成功と云わねばならぬ。満都の人々が嬢の姿を見るためにかように熱狂して集まって来るのも無理はない。
嬢を加えた演技は疾《とっ》くに再開されていたが、私はただ、喝采の声を耳にするばかりで、レンズに限られた範囲しか見ていなかったから、何をやっているかよく解らなかった。
眼鏡の中には嬢を初め他の四名の顔が交《かわ》る代《がわ》る現われた。皆汗を掻いていた。ナイン嬢の耳の附け根にある黒い黒子《ほくろ》が、汗で白粉《おしろい》を洗われたらしくハッキリと見えて来た。色の黒い、逞しい鬚武者《ひげむしゃ》の巨漢《おおおとこ》の髪毛は、海藻のように額に粘り付いている。今一人の若い男は、あまり固いカラを着けているために、首の周囲が擦れて輪の形に赤くなっている。その中《うち》に五人は槍を投げ棄てて、外套を脱いだ。下は身体《からだ》にぴったりと合ったコサックの制服で、最前見た嬢次少年の服装と似たり寄ったりである。四人の男はそのまま、カルロ・ナイン嬢を真中に二人|宛《ずつ》、前後に一列に並んで場内をぐるぐる廻りはじめた。そうして四人が交る代る嬢の肩を飛び越したり、嬢の左右の鐙《あぶみ》伝いに馬の腹をまわったりして乗馬を交換して行った。それから最後には、場内の正面に持ち出された白い卓子《テーブル》の上に、贅沢なサモワルや、酒瓶や、湯気の立つ露西亜料理を並べたのを、夜会服シルク・ハットの座員が取り巻いて椅子に就いて食事を初める。その上を四頭の馬が交る代る縦横十文字に飛び越し初めたのには肝《きも》を冷した。写真ではこの種の芸当を二三度見た事があるが、実際で見ると感心を通り越して寒心するばかりである。但し、カルロ・ナイン嬢はこれに加わらずに、馬を卓子《テーブル》の一方に立てて長い銀革の鞭《むち》を廻して四人を指揮していた。
場内から割れるような喝采が起った。同時にこの演技が終りを告げると、嬢を中心にした四人の騎兵が今度は立乗りをしながら、拍手を浴びつつ一列になって場内を廻転しはじめた。
けれどもその第一周目が終る迄に私はふと妙な事に気が付いていた。ちょっと見たところ、五頭の馬はカルロ・ナイン嬢の銀の鞭で支配されているようであるが、実はそうでない。いつも嬢の直ぐ次に馬を立てるあの色の黒い、鬚武者の巨漢《おおおとこ》が、眼色や身振りで、自在に操っているのである。これは卓子《テーブル》飛び越しの最中に見付けた。それからもう一つはカルロ・ナイン嬢の馬の乗り方があまり上手でない事である。もちろん普通には乗《のり》こなしているに違いないが、他の連中の馬術があまり達者過ぎるために、際立って危なっかしく無調法に見える。しかしこれは、いくらか乗馬の経験を持っている私にそう見えただけで、軽業《かるわざ》見物のつもりで来ている連中には気付かれないかも知れない。
ところでこれだけの事ならば、別に不思議はないようなものであるが、今の第一周目で、五頭の馬が私の前を馳《は》せ過ぎる時に、中央の白馬に乗っているカルロ・ナイン嬢と、その次に馬を立てている鬚武者とが二人ともちらりちらりと私の顔を見て行ったのを見逃す事は出来なかった。或《あるい》はずっと二三間前から私を見詰めて来たもので、私はただ双眼鏡のレンズに入った間だけしか見なかったのかも知れないが、とにかくその二人の眼は、偶然に私を見た眼付きではなかったようである。二人とも何かしら同じ秘密の意味を以て、私の顔を注視して行ったものとしか思われなかった。
……咄嗟の間に私の頭の中はぐるりと一廻転した。
この曲馬団を真先に……まだ全部が日本に到着しない以前から怪しいと睨んだのは、誰でもないここに居る私で、そのために私は警視総監と意見を衝突さして辞職した位である。そうして今日はその正体を見定めに来ている私である。一つは警視総監の鼻を明かし旁々《かたがた》、呉井嬢次の讐討《かたきう》ちの助太刀《すけだち》をするに就いて、準備的の偵察をこころみるために……それからもう一つは嬢次少年が、生命《いのち》に拘る大切なものを蔵《かく》しているという黒い手提鞄《てさげかばん》を、是非とも楽屋から盗み出しておかねばならぬというので、それを手伝ってやるためにわざわざ出かけて来た者である……が……それを彼等二人は感付いているのであろうか……否……否……そんな事は有り得べき道理がない。この大勢中に、どうして私を見付けられよう。
殊に……私は変装をしている。胡麻塩《ごましお》頭を真黒に染めて、いつも生やしっ放しの無精髭《ぶしょうひげ》を綺麗に剃って、チェック製黒ベロアの中折《なかおれ》の下に、鼈甲縁《べっこうぶち》の紫外線除けトリック眼鏡を掛けて、ルーズベルト型ダブルカラに土耳古更紗《トルコさらさ》の襟飾《ネクタイ》、黒地のタキシード服と、青灰色の舶来地外套、カンガルー皮入のエナメル靴を穿いて、茶色のキッドの手袋に、銀頭の紫檀《したん》のステッキという十年も若返った姿をしている。実は嬢次少年が注意しなければ、もっと手軽な変装で済ますつもりであったが……、
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……仲間にハドルスキーといって団長の片腕になっている露西亜人がいる。この男は鬚武者の巨漢《おおおとこ》の癖に恐ろしく智恵の廻る奴で、この一年ばかりの間、団長と一緒に欧羅巴《ヨーロッパ》[#《ヨーロッパ》は底本では《ヨーヨッパ》と誤記]をメチャメチャに掻きまわして廻ったのは、ハドルスキーの智恵に外ならぬ。だから団長は曲馬団の事をハドルスキーに任せ切っている位である。……ところがこのハドルスキーは、嘗て桑港《シスコ》のホテルで同室した際に、この曙《あけぼの》新聞を私の鞄の底から引き出して、不思議そうに眺めまわしているのを、鍵穴から覗いて見た事がある。その時はまだ東京駅ホテルの記事にも赤丸を附けていなかったので、それと知ったかどうか解らないが、用心のために何もかも察しているものとして、出来るだけ大事を取って、念入りに変装して下さい。団長も貴方《あなた》の顔は新聞の写真や何かで研究してよく知っている筈ですから……。
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……と言葉を尽して忠告したので、その通りに取っときの変装をした物で、ここへ来がけに警視庁へ立ち寄って来た時も……私が志免ですが、何の御用でお見えになりましたか……というステキもない保証を貰って来た位である。見付かる筈は絶対にない。
私は一寸《ちょっと》の間《ま》に、これだけの考えを廻《めぐ》らして自信を固めた。そうして今のはもしや自分の眼の迷いではなかったかと思いながら、もう一度よく見定めるつもりで、今しも第二周目に這入った五頭の馬を見た。
第一頭……第二頭……カルロ・ナイン嬢は見物一同の喝采の声に応ずるために紫のハンカチを振って近付いて来た。そうして私の直ぐ背後《うしろ》あたりをチラリと見ただけで通過した。私の顔には視線を落さなかった。その次に来た鬚武者は、馬上に突立ち上って大手を拡げたまま近付いて来たが、これも私の直ぐ背後《うしろ》あたりを見ながら駈けて行った。あの鬚男がハドルスキーだな……ともう一度念のために番組を拡げて見るとハドルスキーの名は最後《ドッサリ》の真打《しんうち》格の位置に書いてある。私はすこし安心した。今のは自分の眼の迷いかも知れないと思った。
第三周に這入った。今度はこっちからハドルスキーの顔を記憶するつもりで近づいて来るのを待ったが、今度もカルロ・ナイン嬢とハドルスキーは私に視線をくれなかった。前の通りに私のすぐ背後《うしろ》のあたりを見て行った。しかし、そのハドルスキーの後姿をじっと見送っているうちに、私はどこかで見たような男だな……と思った。見たとすれば多分、外国に居る時分の事と思われるが、私はそんな古い事のような気がしない。つい近頃の事のように思われてならぬ。けれどもこの時はどうしても思い出し得なかった。
五頭の馬が勢よく楽屋の方へ駈け込んで行くと又、場内一面に拍手の音が波打った。カルロ・ナイン嬢の姿が三度ほどアンコールされた。三度目には馬から降りて、徒歩で出て来て一揖《いちゆう》したが、その気高い姿勢と、洗煉された足取りは、疑いもない宮廷舞踊の名手である事を証明していた。
その姿が満場のどよめきを背後《うしろ》にして楽屋口に消え込むと、見物の中には申し合わせたように番組を出して次の曲目を見る人が多かった。私の前の席に居る霜降りマントに黒山高の白髯《はくぜん》紳士と、左に居る角帽制服のすらりとしたチャップリン髭の青年も大きな声で話を初めたが、二人は識《し》らない同志らしいけれども双方とも余程の馬好きらしく、最前から頻《しき》りに馬の話をし続けているのであった。
「面白かったですね」
「さようさ……最前の満洲馬よりも、馬が立派じゃから引っ立ちますな」
「満洲馬と哥薩克《コザック》馬はあんなに違うものでしょうか」
「違いますともさ。この頃の哥薩克馬には、ノースターや、アラビッシュの血が交っておりますのでな。哥薩克[#「哥薩克」は底本では「哥薩哥」と誤記]の頭目じゃったミスチェンコの乗馬なぞは立派なアングロ・アラビッシュのハンツグロで、しかも哥薩克以上に耐寒耐暑の力が強かったそうですがな」
「へえ……して見ると満洲馬はまるで駄馬ですね。小さくて……」
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