かる。この紳士が、ずっと以前に人気の荒い南部加州あたりで労働をしていたらしい事と、その趣味が余り高くない事は、その風采と、所持品と、強い酒精《アルコール》中毒であろうと推定される。それからその後に、最近まで引続いて長い間、生命《いのち》がけの仕事をしていたことは、その所持しているピストルが、非常な旧式を使い狎《な》らしたもので、且つ銃口《つつぐち》の旋条が著しく磨滅しているのを見れば、容易にうなずかれる。つまり手狎《てな》れているために出し入れが迅速で、従って近距離の命中が確実なために、がたがたピストルながら手離しかねていたものと見るべきで、殊に、その五連発の中《うち》から最近に一発撃ち出されているのは決して無意味でない。所持品の中に予備弾のケースが見当らない以上、この紳士は多分一週間前に、このピストルを一挺だけ持って、どこからか逃げ出して来たものである。しかもその貴重な五発の中の一発を発射したのは余程の危険に迫られた結果と見る事が出来る。
……なおこの紳士が外国から逃げて来たもので、今も尚行方を晦《くら》ましている者らしい事は、預金の取り扱い方と、手荷物の皆新しい事と、着物にも帽子
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