た。
「黒い洋服だ。黒い洋服だ。美人美人。素敵だ素敵だなぞと……そうして今眼をあけると直ぐに起き上って、側に居たボーイ頭に、もう正午《ひる》過ぎですかと尋ねたりしておりましたが、馬鹿な奴で……貴下《あなた》に睨まれたのが余程こたえたと見えまして……」
「ははは。意気地のない奴だ」
「何かお尋ねになりますか……」
「いや、もう宜しい。犯人はもう解っている」
「え」
と皆は一時に私の顔を見た。私はちょっと眼を閉じて頭の中を整理すると、すぐに又見開いて、皆の顔を見まわした。
「犯人はやはりその女です。その女……田中春というのは多分偽名でしょうが……その女は泥酔している紳士に麻酔剤か何か嗅がして、シャツの上膊部を切り破って、薬液を注射して殺した。そうして覚悟の自殺と見せるために、瓶や鋏に被害者自身の指紋をつけたばかりでなく、上衣の外套を着せて、泥靴まで穿かせて、帽子や注射器までもきちんと整理して出て行った」
「その女を犯人と認める理由は……」
という質問が極めて自然に熱海検事の口から出た。私はその方にちょっと頭を下げながら説明を続けた。
「第一の理由を述べると、女はその前にも一度、この紳士
前へ
次へ
全471ページ中92ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング