を殺そうとしていることを、今しがた私が引き割いたこの白い麻のハンカチが証明している。すなわち今から二十四時間経たない以前にこの紳士は、その女と一緒に或るカフェーでウイスキー入りの珈琲《コーヒー》を飲んでいるらしいが、その珈琲にはアルカリ性の毒薬が入れてあった。その毒薬というのは私の知っている範囲では多分支那産のもので、『婆鵲三秘《ばしゃくさんぴ》』という書に載っている『魚目《ぎょもく》』という劇毒らしい。実物を手に入れた事がないから分析的な内容は判然しないが、強いアルカリ性のものである事は間違いないようである。すなわちこの毒を検するに彩糸《さいし》を以てす。黒糸《こくし》を黄化す、青糸《せいし》を赤変す。綾羅錦繍《りょうらきんしゅう》触るるもの皆色を変ず。粒化《りゅうか》して魚目に擬し、陶壺中《とうこちゅう》に鉛封《えんぷう》す。酒中《しゅちゅう》神効《しんこう》あり。一|粒《りゅう》の用、命《めい》半日《はんにち》を出でず。死貌、悪食《あくじき》に彷彿すとあるが、ちょうどそれと同じような作用を、このハンカチに浸《にじ》んだ毒薬が起しているので、如何に烈しい毒であるかは、このアルカリ分
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