後零時半頃であった。
 十六七ぐらいに見える異様な洋服の少年が一人、柏木《かしわぎ》の私の家《うち》の門口《かどぐち》に在る枳殻垣《からたちがき》の傍《そば》に立っていたが、私が門口を這入《はい》ろうとすると、帽子を脱《ぬ》いで丁寧にお辞儀をした。
 何やら考え考え歩いて来た私は、その時にやっと気が付いて反射的に帽子を脱いだ。そうしてどこかのメッセンジャー・ボーイでも来たのかな……と思いながら立ち止まって、その少年の姿に気を付けてみると、心の底で些《すく》なからず驚いた。
 私はこのような優れた姿の少年を今まで嘗《かつ》て見た事がなかった。同時に又、このような異様な服装を見た事も、未だ曾てなかったのである。
 何よりも先に眼に付くのはその容貌であった。
 全体に丸顔の温柔《おとな》しい顔立ちで、青い程黒く縮れた髪を房々《ふさぶさ》と左右に分けているのが、その白い、細やかな皮膚を一層白く、美しく見せている。そうしてその大きく霑《うる》みを持った黒眼勝ちの眼と、鼻筋の間と、子供のように小さな紅い唇の切れ込みとのどこかに、大|奈翁《ナポレオン》の肖像画に見るような一種利かぬ気な、注意深い性質
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