にはかかわっていない……否、寧《むし》ろその不自由を極めた……世にも自烈度《じれった》い方法でもって、大資本を背景にした民族的大犯罪に喰い下って、盲目滅法《めくらめっぽう》に闘って行かなければならなかったところに、怪事件の怪事件たる価値や風味が、いよいよ深められ、高められて行く。そこに興味の中心が在りはしないかと考えている位である。
だから筆者は却《かえ》って旧幕時代の捕物帳に含まれているような、あの一種の懐古的な……もしくは探奇《たんき》的とも云うべき情景を読者の眼前に展開して、現在長足の進歩を遂げているであろう日本の探偵界と比較して頂きたいという、自分一個の楽しみから、この記録を公表する気になったものである。同時に最新式科学探偵機関の精鋭を極めた警察を有する仏国|巴里《パリー》の真中でこんな記録をものする私のこのカビの生えた頭までもが、一つの小さな反語的《アイロニカル》な存在ではあるまいかというような、一種の自己陶酔的微苦笑を感じている事実までも、序《ついで》に附記さして頂く所以《ゆえん》である。
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大正九年(一九二〇)二月二十八日の午
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