を表して引き退《さが》る状態で、刑事なんかは何の役にも立たないように考えられる時代が来た。
 ところが又そうなると私の癖かも知れないが、すっかり鑑識課の仕事を馬鹿にしてしまって、ほんの参考程度の役にしか立たないものと見限《みき》りを附けるような頭の傾向になっていた。従ってこの「暗黒公使《ダーク・ミニスター》」事件でも、私は殆んど鑑識課の仕事を度外視しているように見えるかも知れない。同時に私の行動が如何《いか》にも旧式な、精力主義一方の探偵方針で働いているように見えるかも知れないが、これは止むを得ない……ただ賢明なる読者諸君の批判に訴えるより外に仕方がないと諦めている。
 しかし強《し》いて云い訳をすれば出来ない事もない。
 元来探偵事件の興味の中心が、その犯罪手段や探偵方針のハイカラかハイカラでないかに繋《かか》っているものでない事は、一八〇〇年時代の探偵記録や裁判|聞書《ききがき》が、依然として現代の巴里尖端人《パリジャン》に喜ばれている事実に照しても一目瞭然で、私がこれから述べようとする「暗黒公使《ダーク・ミニスター》事件」の興味も、そんな[#「そんな」は底本では「そん」と誤記]点
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