ー入りの珈琲がこぼれたのを拭いたもので、ポケットの内側の色が染み付いたのは多分アルコールの作用であろうと思いながら、念のためにポケットの内側を覗いてみると、それは赤い色ではなく、他の処と同様に鉄色の繻子《しゅす》であった。そうしてその奥底の方のハンカチの潤いを吸うた部分だけがハッキリとした赤黄色に変色しているのであった。
私はそのハンカチを持ったまま、衆人環視の中をつかつかと、窓の処に近づいて行った。そうして出来るだけ方々に指を触れないようにそのハンカチを引き拡げて、隅の両端を摘《つま》んで、皺を伸ばすために二つ三つはたくと、粘り付いていた煙草の粉が皆飛んでしまった。それを間もなく照り出した日の光りに透かしてみると、半乾きのハンカチの繊維が皆、真白に輝いて見えた。
ハンカチの向うの広場には、電車や、人力車や、自動車や、自転車が引っきりなしに音を立てて通った。オーイオーイと呼ぶ人間の声も聞えた。太陽が明るくなり、又暗くなった。朝風がそよそよ窓から入って来て私の持っているハンカチを弄《もてあそ》んだ。その間じゅう私は、自分の眼の前にぶら下っている一尺四方ばかりの白いハンカチの中から順々
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