に現われて来る怪現象に見惚《みと》れて、身動き一つ出来なくなっていた。
 珈琲の汚染《しみ》は殆んど全部に亘っていて、汚れていない処は右上の角の一部分しかない。そこ、ここに、ポケットの内側の変色した部分と同じ色の淡《うす》い汚染《しみ》が、両端の尖った波の形をして散らばっている……その中に、巻煙草の粉の形をした小さな短冊型が薄青く輝きながら、群をなして現われて来た。それからその真中あたりに、茶色にぼやけた半円形が二つ半? ばかり辛《かろ》うじて見えて来たのは指を拭いた痕跡らしく、大方脂肪分が変色したものであろうと考えられる。そのほか極めて淡《うす》い雲のような汚染《しみ》の形が処々に見えるが、何の痕跡だか推定出来ない。
 そんなものを一渡り見まわした私は、最後に、右上の端の珈琲の汚染《しみ》の附いていない処に眼を注いだ。そこには極めて鮮麗な紫色がかすれたようになって附着しているが、その色が珈琲の汚染《しみ》になった処に這入ると急に流れ拡がって、淡い緑色に流れ出している。この紫色はもう一つの絹ハンカチの色とは違って、眼に沁みるほど華やかで、確かにタイプライターのリボンを抓《つま》んだ指を
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