力をあらわす事が出来なかった。ただ、同じ疑問を扇風機のように頭の中で廻転させながら一ぱいに開いた屍体の黄色い眼を凝視するばかりであった。そうして、やがてもう一度心の奥底で溜息をしながら……これでは俺の頭は傍に立っている三人の頭と大差ない事になる……と思いながら、何気なく岩形氏の屍体の鼻の先に置いてある、絞り固めたハンカチを取り上げてみた。これは前記の通り岩形氏の外套の右の外側のポケットから取り出したものであるが、掌《てのひら》が泥だらけになったままでいるのに一体何を拭いたものであろう……又何か拭いたにしてもこんなハンカチの一つぐらい棄ててしまいそうなもの……と思うと、何となく岩形氏に不似合な所持品と思われたので、溺れかかった人間が藁《わら》でも掴むような気持で検査してみる気になったものであった。
 そのハンカチの棒のように絞り固めた中心《なか》の方はまだ薄じめりしているらしく、外側の捩《よ》じれた皺《しわ》の上には、今まで入っていたポケットの内側の染料が赤く波形に染み付いていた。鼻に当てて嗅いでみるとウイスキーと珈琲《コーヒー》との交《まじ》った臭気がぷんとしている。これは多分ウイスキ
前へ 次へ
全471ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング