も、手紙も来ず、電話一つ掛って来ない。おまけにいつも外出勝ちで、朝飯のほかは昼も晩もホテルで喰う事は稀であった。のみならず帰って来るのはいつも夜の十時過ぎで、しかもベロベロに酔っている事が多かった。しかしボーイやホテルに対する仕打ちは慣れたもので、金遣いも綺麗だったから誰も怪しむ者はなく、蔭では皆十四番の黒さんと云いながら、表面では普通よりもすこし丁寧な扱いをしていた。ただ一度帳場の誰かが、
「十四番の黒さんは毎晩几帳面に帰って来るから可笑《おか》しいじゃねえか」
と云い出した事がある。すると又誰かが、
「全くなあ。それに手紙が一本も来ねえお客も珍らしいぜ」
と云い足した。けれどもその時にボーイ頭の折井がちょうど来合わせて、
「野暮な事を云うなえ。この節じゃ寝る処と仕事をする処とを別にするのが流行《はや》りなんだ。それとおんなじに気保養をする処も別にするんだ。毛唐等あみんなそうしてるんだぜ……みんな一緒にしちゃ息が抜けないからな。奴さんそこで一杯飲んで来るのよ。手紙なんざ事務所の方に行ってるに極《き》まってらあ。何も不思議はねえさ」
と云い消したので、それっきりになっている。岩形
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