氏が昼間のあいだどこで何をしているかというようなこともそれなりに問題にならないまんまで、おしまいになったので、岩形氏の身の上に就《つ》いては、それだけの事実しか上っていない。
「……よろしい……」
 と私はうなずいた。そうして言葉を改めてボーイに問うた。
「それではこの紳士が、ホテルへ帰るとすぐに自分で鍵をかけて寝たのは昨夜《ゆうべ》が初めてなんだな」
「そうです。だから僕も直ぐに寝ちゃったんです」
 と云いながらボーイは又、凝然《じっ》とうなだれた。その顔を覗き込むようにして私は半歩ばかり近づいた。
「そうではあるまい。お前は昨夜《ゆうべ》、この室《へや》へ来て、鍵がかかっているのを見た帰りがけに、一人の洋装をした日本人の女が中から出て来るのを見たろう。そうしてその女とお前は、あの廊下で立って話をしたろう。その女の靴の痕《あと》と、お前の新しいゴム底の靴の跡《あと》とがハッキリと残っているのだ……嘘を云うと承知せぬぞ」
 ボーイは殆んど雷に打たれたように、うしろの方へ辷《すべ》り倒れかけた。それをやっと踏み止まって真青になったまま助けを乞うように私を見上げたが、その唇は物を云う事が出
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