…」
「扉《ドア》に錠が掛かっていたろう」
「そうです。それですぐに……自分の室《へや》に帰って寝てしまったんです」
と云いながらボーイは深いふるえた溜息をした。私はそこで一つ意味ありげに首肯《うなず》いて見せた。
「あの岩形さんは、いつもそんな風にして寝てしまうのかね」
「いいえ。岩形さんはいつでもお帰りになるとすぐに私をお呼びになりますから、私はお手伝いをして、寝巻を着かえさせて、ベッドに寝かして上げるのです。どんなに酔っておいでになりましても、私に黙ってお寝《やす》みになった事は一度もありません。……貴様が女なら直ぐに女房にしてやるがなあ……なんて仰言《おっしゃ》った事もあります」
この無邪気過ぎる言葉の不意打ちには室《へや》の中《うち》の十余名が一時に失笑させられた。隣の室《へや》にそう云った本人の屍骸が横わっているので一層滑稽に感じられたのであろう。謹厳そのもののような熱海検事までも顔を引っ釣らして我慢しかねた位であった。しかし無知なボーイは皆の笑い顔を見て安心したものか、見る見る血色を恢復して来た。そうして私の問いに任せて、岩形氏の平素《ふだん》の行状をぽかぽかと語り出
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