い泥の粉末が附着しているのであったが、これは矢張り今の推測を裏書するもので、岩形氏はどこかで酔っ払って転んで、手を泥だらけにして帰って来て、先ず扉《ドア》によろけかかって、それから右手でノッブを捻《ね》じって、室《へや》の中によろめき込んだものと察せられる。
私はここまで見届けてから懐中電燈のスウィッチを切ろうとすると、ついうっかりして取り落したが、電燈は大きな音を立てて床の上に転がったまま線が切れもしないで光っている。それを拾い上げようとして腰を屈めかけた私は、志免警部から電話で聞いた報告の中に無い、意外なものを発見したので急に手を引っこめながら左右をかえりみた。傍に立っている二刑事に電燈を指し示して、
「見たまえ」
と云った。
二人の刑事は直ぐに顔をさし寄せて見たが、軽い溜息をしいしい顔を上げて、私と眼くばせをした。その懐中電燈の光線が、鋭い抛物線を描いて、横|筋《すじ》かいに照し出している茶色のリノリウム張りの床の上には、そうと察して見なければ解らない程のウッスリとした、細長い、女の右足の爪先だけの靴痕が印《しる》されているのであった。こんな風に電燈を真正面から垂直に照しか
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