値は、女の手に高く捧げられた真紅の透明な液体に奪われてしまった。時計の価格。裸体画の魅力。髑髏の凄味。机の上に並んだ書物の権威。そうして、その中に相対する男女の肉体、血、骨、霊魂……そんなものまでも今は夢のように軽く、幻のように淡く、何等の価値もない玩具同然に見えてしまった。唯、白い指に捧げられた美しい液体……真紅の毒薬……。すべてのものはその周囲に立ち並んで、自分自身の無力をそれぞれに証明しつつ、その毒薬の威厳を嘆美し、真紅の光明を礼讃するに過ぎないかのように見えた。
 ジリッ……と時計が鳴った。……最後の時が迫った。……軽い痙攣が男の横顔を蜥蜴《とかげ》のように掠めた。
 九時…………。
 ……私は見ていなかった。反射的に眼を閉じたから……ただ洋盃《コップ》が絨氈の上に落ちる音を聞いた。何物かに当ってピンと割れる響を聞いた。さらさらという絹摺れの音を耳にした。そうしてその瞬間に吾れにもあらず眼を開いた時に、女は丸|卓子《テーブル》から離れて弓のように仰《の》け反《ぞ》っていた。口の中の液体を吐き出すまいとするかのように空を仰いだ顔にハンカチを当てて、その上から両手でしっかりと押えて
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