くしの名は呉井嬢次と思召《おぼしめ》して差支《さしつかえ》ございませぬ。……お尋ねになる事は、それだけでございますか」
「……………」
ゴンクール氏は、なお幾度も何事かを云おうとした。力のない手付きで襟《カラ》を引っぱって、咽喉《のど》を楽にしようとこころみつつ片手を突ついて女の顔を見上げた。そうしてそこで女と顔を見合わせたままピッタリと動かなくなった。死の世界へ陥りかけて、まだ微かに生気を取り残している慌しい「魂《たましい》」と死の世界に生きている静かな「霊《れい》」とはこうして互に顔を見合ったまま何事かを語り合おうとしていた。けれどもゴンクール氏は遂に口を利く事が出来なかった。ただ、片手で髪毛を掻き乱し、頬を撫でて犬のように舌をわななかしたと思うと、それっきり両手を支《つ》いてぐったりとうなだれてしまった。氏の魂は最早《もはや》、驚く力も、恐るる力もなくなったのであろう。
女は冷やかにそうしたゴンクール氏を打ち見遣った。そうして、しとやかに身を返して本箱のうしろから小さな白紙に包んだものを取り出して、静かに丸|卓子《テーブル》の上に置いた。大切そうにその包紙を取り除《の》けると
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