す。
……もし御用でもございましたならば、どうぞ今の中《うち》に仰有《おっしゃ》って頂きとうございます。私はお待ち致しております」
女の言葉はここでふっつりと切れた。
併し相手は動かなかった。殆んど一点の生気もなく横わっていた。
否……唯一度、女の言葉が切れると間もなく、微《かすか》に眼を上げて、女を見ようと努力したようであった。けれどもそれはただそう見えただけで本当は動いたのかどうかわからなかった。
女は身じろぎもせずにそれを見つめている。
室《へや》の中に再び墓の中の静寂が充ち満ちた。
……突然じりっと微かな音がした。
それは時計の時鐘《じしょう》が、九時を打つ五分前に、器械から外れた音であった。
その音を聞いた瞬間にゴンクール氏の全身に、見えるか見えぬ位の微かな戦慄《せんりつ》が伝わったが、直ぐに又静まった。そうしてそのあとから次第次第に氏の呼吸が高まって来るのが見えた。遂には硝子《ガラス》窓の外からでも明らかにその呼吸の音が聞き取れる位になった。
氏は意識を回復し初めたのである。しかもそれは生きた人間としての意識ではないように見えた。逃れようにも逃れられない
前へ
次へ
全471ページ中434ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング