わざわざ》私を呼び付けて、今後あの曲馬団に対して探索の歩を進める事を厳禁すると命令したのであった。
私がこの命令を聞いた時には、何よりも先に自分の耳を疑った。同時に総監の態度の真面目なのに呆《あき》れた。冗談にもこんな矛盾した事が云えるものではないのに総監は平気で、しかも儼然《げんぜん》として私に命令している。そうしてどっかと椅子に腰を卸《おろ》してポケットから葉巻を出して火を点《つ》けている。そのまん中の薄くなった頭とデップリ肥満した身体《からだ》の中に包まれている魂は、貴族的の傲慢《ごうまん》と、官僚的の専制慾に充ち満ちているかのように見える。
その態度と直面しているうちに私は早くも、持ち前の癇の虫がじりじりして来るのを感じた。そうして昨日《きのう》まで殆んど不眠不休で研究してやっと完成したバード・ストーン宛の暗号電報の日本訳を、無言のままポケットから取り出して高星総監の鼻の先に突き付けた。
しかし総監はちらりと見たまま受け取ろうともしなかった。革張りの巨大な椅子をギューギュー鳴らしながら、太鼓腹を突き出して反《そ》りかえりつつ、小さな眼をパチクリさせただけであった。
「何だ
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