巧みに釣合を取られているからちょっと気が付かないので、そのためにこれだけは昔のまま、室《へや》の隅に置いてある火の気のない瓦斯《ガス》ストーブまでも引っ立って、勿体らしいものに見えているに過ぎないのである。
 その室《へや》のまん中の丸|卓子《テーブル》の上に唯一つ上を向いた赤絵の珈琲茶碗には、銀の匙《さじ》と角砂糖が添えられて、細い糸のような湯気が仄《ほの》かに立ち昇っている。そのこちら側の肘掛椅子に、最前の女優髷の女が被布を脱いで、小米桜《こごめざくら》を裾模様した華やかな錦紗縮緬《きんしゃちりめん》の振袖と古代更紗《こだいさらさ》の帯とを見せながら向うむきに腰をかけている。どこかの着附屋の手にかかったらしく、腋の下がきりきりと詰まって素敵ないい恰好である。ガーゼと色眼鏡は外しているが電燈の光りを背後《うしろ》にしているために、暗い横顔だけしかわからない。
 その向い側の美人画を背後《うしろ》にした椅子には、最前絵葉書で見たバード・ストーン氏が、写真の通りの服装で腰をかけている。只胸に薔薇《ばら》の花が挿してないばかりである。氏は写真よりも五つ六つ年を取った四十五六に見える男盛りで
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