いろう》の働きをするのだぞ……そうして徹底的にやっつけるのだぞ……と改めて自分自身に云い聞かすように考えながら、もう一度腰のポケットを撫でてみた。全く、これ程のものを相手にしたのは今度が初めてである。従ってこれ程に精神が緊張したこともまだ曾《かつ》てない。どんな難事件に出会っても、どんな強敵を相手にしても、綽々《しゃくしゃく》として余裕を保っていた私の精神は……身体《からだ》はギリギリと引き締まって、ちょっと触《さわ》っても跳ね上る位になっていた。
併《しか》し表面は飽くまでも平静を装うていた。今の電車から降りた官吏や、学生や、労働者らしいものが十二三人急いで行くのに混じって、悠々と大胯《おおまた》に踏切を越えた。平生よりももっと当り前の(もしそんな状態があり得るとすれば)歩きぶりで自分の家の門まで来た。
見ると出がけに確かに閂《かんのき》を入れて南京《ナンキン》錠を卸しておいた筈の青ペンキ塗りの門の扉が左右に開いて、そこから見える玄関の向って左の一間四方ばかりの肘掛《ひじかけ》窓からは、百燭ぐらいの蒼白い電燈が、煌々《こうこう》と輝き出している。
……おや……と思って私は立ち止
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