分がどこの人種だかわからなくなってしまいました。紐育の中央郵便局に居りましたのはその途中で逃げ出していた時分の事で、頭髪《かみ》を酸化水素で赤く縮らして、黒《くろ》ん坊《ぼ》香水《こうすい》を身体《からだ》に振りかけて、白人と黒人の混血児《あいのこ》に化けていたのです。けれども自分では日本人に違いないと思いましたから、それをたしかめるために日本に帰って来たのです。ですから私は履歴書も、身元証明も、保証人も何もありません。ただ私の身に附いた芸が、私の履歴や身元を証明してくれるだけです」
「フーム。成《な》る程《ほど》……」
と私はうなずいた。この少年の頭の良さに釣り込まれないように警戒しながら、なるたけ少年の困るような質問を探し出した。
「……それではこの広告の中に……薬物研究、物理、化学初歩程度の知識が必要……と書いてありますが君はどの程度まで研究しておりますか」
これは少年の経歴が話の通りならば、屹度《きっと》学校に入ってはいまい。入っていないとすれば物理化学や、薬物なぞいう高等な研究に対して組織立った知識は持っていない筈だ……と見当を付けたからである。少年は果して赤面した。そう
前へ
次へ
全471ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング