と思って来たのです……」
そう云ううちに少年の両眼に涙が一ぱいに滲み出た。それにつれて顔の色が又さっと赧《あか》くなった。
何という率直な言葉であろう。何という真面目さであろう。この少年は二年前に出た新聞広告を、今|以《もっ》て有効と思っているばかりでなく、その掲載事項の中にある履歴書、身元証明不要という文句までも裏表なしの真実と信じているらしい。そうして……是非雇って下さい……という熱心な希望を、どこまでも貫徹する決心でいるらしい。
私はほとほと持て余してしまった。そうして改めて、少年の異様な贅沢な身装《みなり》を見上げ見下していると、少年は暫く躊躇しているようであったが、やがて言葉を継ぎ足しながら低頭《うなだ》れた。
「……けれども……ただ……これだけは申上げる事が出来ます。私の本籍は紐育《ニューヨーク》市民ですが、両親の顔をよく見覚えませぬ中《うち》から、軽業師に売られました。それから活動役者や、その他の色々な芸人に売りまわされて、支那人になされたり、西班牙《スペイン》人として取扱われたり、そうかと思うと芝居の日本娘になって歌を唄わされたりしておりますうちに、いつの間にか自
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