の叛逆者に対する報復手段が如何に深刻執拗なものであるかを知っておられながら、小生等親子を、その呪いの中《うち》に放任しようとしておられるM男爵の意中を察して、骨の髄まで震え上らせられて退出しました。
 かくして小生等親子三人は、当然の酬《むく》いとはいいながら、天下に身を置く処がなくなったのであります。ただ一人、貴下の御同情を仰ぐより外に生存する道がなくなったのであります。
 放蕩無頼の酬い、又は売国奴相当の末期とは申せ、一切の同情と庇護とを受くる資格を喪失すると同時に、拳銃《ピストル》と、麻縄と、毒薬と、短剣とに取り囲まれて遁《のが》るる途《みち》もなくなっておりながら、僅に残る未練から、せめて妻子だけは無事に生き残らせて、日本人らしい一生を送らせたいばかりに、かような苦しい手段を以て、極秘密の裡《うち》にこの遺書を貴下に呈上する事の止むを得ざるに立ち至りました。小生の境遇に対し、一片の御同情を賜わりまして私の迷える魂を安んじ賜わらむ事を、三拝、九拝してお願い致す次第であります。
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――因《ちな》みに――この遺書は内容を厳秘にして小生の旧友藤波弁護士に委託しまし
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