仰ぎたく懇願するところがありました。
然るにM男爵閣下には小生のかような窮状を見て呵々《かか》大笑されました。そうして小生の旅行免状を返却されながら次の如く訓戒をされました。
「……お前を悔悟せしめたその純乎《じゅんこ》たる大和民族の血を以《もっ》て、今後、国家のために報恩的の奉仕をせよ。お前の妻ノブ子の行為は疾《と》くに察知していたところであるが、余等《よら》は逆に彼女の手を利用し、虚偽の暗号電報を彼女に盗読せしめて、J・I・Cを通じて彼女の手を利用している米国政府を欺瞞していたものである。彼女は要するに頭のいい婦人の通弊として主義理想に走り過ぎたために、このような奸悪手段の手先に利用せられて、売国行為をさせらるるに至ったもので、決して彼女を悪人と云う事は出来ないと思う。さればお前達親子三人の生命は勿論、不問に附せらるべきもので、もとより外務省の関知するところではない。これを表沙汰にしても無用の反感と物笑いを招くばかりである。真の外交手段と云う事は出来ないであろう」
と云われまして再び呵々大笑されました。
この大笑の前にひれ伏した小生は、頭髪が一時に逆立ちました。
J・I・C
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