を開きながら法律を勉強しておられた藤波さんと非常に御懇意に願っていたのだそうです。……ですから父は藤波さんに一万円のお金を預けまして、亜米利加の友人たちに私の行方を探してくれるように頼んでおりましたので、まだほかに二万円のお金を預けたままにしている。それは父の預けた書類の中《うち》に書いてある人に渡してくれと固く約束してあったのですが、それから後《のち》、志村君からはばったり便りがなくなったし、預かった書類を取りに来る人もないので変に思って、鎌倉の材木座の住所を探してみたら、そんな人間は最初から居なかった事が判明《わか》ったので、困っている……との事でした。そのお話を聞きますと、藤波さんは父が死んだ事や母の行方なぞはちっとも御存じない様子でしたので、私から詳しくお話しましたら、奥様やお嬢様たちは皆泣いて同情して下さいました。それから藤波さんは書類を見るのならば家《うち》で見てもいいぞと云われましたが、私はちょっと考えまして、いずれもう一度伺いたいと思いますからと云って、書類だけ頂いて帰って来ました」
 そう云ううちに少年は、傍《かたわら》の椅子の上に置いた雨外套の内ポケットの釦《ボタン
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