う程《ほど》酷遇《いじめ》られたために自然とこんな風に一徹《いってつ》な……自分の事はどこまでも、自分の流儀で勘定を合わせて行く……という一種の勧善懲悪的な思想の中に逃げ込んでしまった。そうしていつの間にか「嘘を云う心の変る社会人間」よりも「嘘を云わず、永久に心の変らぬ科学実験の機械」を相手に造化の秘奥を探る方が、はるかに安全で気楽だと思うようになったので、この意味から云えば警視庁の仕事は衣食のために止むを得ず、研究の隙《すき》を割《さ》いてやっているに過ぎなかった。
こんな風だから私は真実《ほんとう》の孤独の生活で友達といっても信頼する部下以外に、これという程の者もない。殊にこの間職を罷《や》めてからというものはこの「不正を憎む心」と「淋しさを楽しむ性質」が一層烈しく募って来て、朝から晩まで顕微鏡や、ビーカーや、天秤《てんびん》を相手に明かし暮らすよりほかに楽しみがないようになった。そうして、これを妨げる者があると非常に腹が立つので、来客を好まぬは愚か、程近い幼稚園の唱歌までも折々は「うるさいなあ」と舌打ちをする位になった。これは一つは五十近い年のせいでもあろうが、もう一つには私の
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