、春近い日光をサッと投げ落して、枳殻《からたち》の生垣と、その前に立った少年の肩とを眩《まぶ》しく照し出した。
少年と向い合ったまま黙って突立っていた私は、その時にやっと吾に帰った。
「何か御用ですか」
「ハイ」
と少年は即座に答えたが、その声調はハッキリした日本語のように思えた。そうしてポケットから名刺を一枚出して謹んだ態度で私に渡した。それは小型の極上|象牙紙《アイボリイ》に新活字の四号で呉井嬢次《くれいじょうじ》と印刷したもので、裡面《りめん》を返してみると印刷かと思われる綺麗なスペンシリア字体で George, Cray. と描いてある。所番地も何もない。
「ジョージ。クレイ」
と私は心の中で繰り返した。外国人か日本人か依然としてわからない。疑問はどこまでも疑問である。日光が名刺の表に反射して活字が緑色に見えて来た。同時に少年の唇に含まれた微笑が一層深くなった。
「こっちへお這入《はい》りなさい」
と云い棄て、私は青ペンキ塗《ぬり》の門の中へ這入った。
赤い芽を吹きかけているカナメの生垣の間に敷き詰めた房州石の道を五間ばかり行くと、やはり青ペンキ塗の玄関になっている
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