ひとなつ》こい可愛らしい締った唇は、軽い微笑を含んで無言の裡《うち》に云っていた。
「私は只今初めて貴方と言葉を交す機会を得たのを大変に嬉しく思います」
 ……と……。そうしてその身軽そうな均整《ととの》った身体《からだ》つきは、
「貴方をどこまでも正しい、御親切な方と信じております。貴方を深く深く尊敬しております」
 という心持ちを衷心《ちゅうしん》から表明しているかのように見えた。
 正直なところを白状すると、私は、こんな風に落ち着いた少年の態度を見れば見るほど、心の底で狼狽させられたのであった。あとから思い出しても顔が赤くなるくらいイライラさせられたのであった。相手は自分をよく知っていて、すっかり信用して落ち着いているのに、こっちは少しも相手がわからないでいるばかりでなく、ただ無暗《むやみ》に驚いて、感心して、疑って、躊躇《ちゅうちょ》しているのが、我身ながら恥かしくて腹立たしいような気がしたのであった。正直のところこんな心持ちを味わったのはこの時が初めてであった。
 これだけがこの少年に対する私の最初の印象であった。
 折から門内に高く聳《そび》ゆるユーカリ樹の上を行く白い雲が
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