きん》と天竺木綿《てんじくもめん》で、戸棚の中には小桶とフライパン、その他の台所用具が二つ三つきちんと並んでいる。水棚の上も横の瓦斯《ガス》コンロも綺麗に掃除してある。その先は湯殿と、便所と物置で、隣境いの黒板塀との間に金盞花《きんせんか》が植えてある。
私は慌てて押入を開けてみた。鼠の糞《ふん》もない。その床板を全部|検《あらた》めてみたが一枚残らず釘付になっている。
私は裏口へ飛び出してみた。庭は四方行き詰まりで新しい箒目《ほうきめ》が並んで靴|痕《あと》も何もない。
「逃げたな」
という言葉が口を衝《つ》いて出た。そうしてそのまま表の説教場に引返《ひっかえ》すと、そのまん中の椅子の間に書記を連れた熱海検事が茫然と突立っていたが、私を見ると恭《うやうや》しく帽子を脱いだ。
「どうも遅くなりまして……自動車の力が弱くて五番町の坂を登り得ませんでしたので……犯人は挙がりましたか」
私は無言のまま頭を左右に振った。それを見ると熱海検事は同氏特有の憂鬱な眼付きをして、森閑《しんかん》とした室《へや》の中を見まわしてから又私の顔を見た。志免警部を入れた四名の警官が煙のように消えてしま
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