手に基督《キリスト》が十字架にかかっている図が架《か》けてある。……この絵を見ると私はやっと思い出した。それは何でも私が東京に来た当時の事で、驟雨《しゅうう》に会って駈け込んだ序《ついで》に、屋根の借り賃のつもりで一時間ばかり説教を聞いた事がある。その時に独逸《ドイツ》人らしい鷲鼻の篤実そうな男が片言まじりの日本語で説教をしていたが、その男が十年後の今日になって戦争で引き上げた後を調査したら、独探《どくたん》だった事が判明したので一時大騒ぎになって、その男の顔が大きな写真になって新聞に出た事がある。その時にもこの絵の事を思い出したが、私が関係した事件でなかったので忘れるともなく忘れていた。その跡を女が借りたものであろう。
そのうちに私は窓の上を這っている電燈と電話の線を発見したが、電燈の方は室《へや》の中央に旧式の花電燈があるから不思議はないとしても、こんなちっぽけな教会に電話は少々不似合である。……ハテ可怪《おか》しいな……と思いながら祭壇の横の扉《ドア》を開くと八畳ばかりの板張りになって、寝台が一つと、押入れと、台所と戸棚が附いている。寝台の上の寝具は洗い晒《ざら》した金巾《かな
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