云い棄てて私は門を這入った。
 家は旧式赤|煉瓦《れんが》造りの天井の高い平屋建で、狭い門口《かどぐち》や縦長い窓口には蔦蔓《つたかずら》が一面にまつわり附いていた。その窓の上にある丸い息抜窓に色|硝子《ガラス》が嵌めてあるところを見ると昔は教会だったに違いない。私は永年東京に居るお蔭で、到る処の町々の眼に付く建物は大抵記憶しているつもりであるが、この家は今まで全く気が付かなかった。それくらい陰気な、眼に付きにくい建物であった。
 私は故意《わざ》と中へ這入らずに、万一の用心のつもりで門の処に張り込んだまま待っていた。そのうちに頭の上の高い高いポプラの梢から黄色い枯れ葉が引っきりなしに落ちて来た。予審判事の乗っている自動車はまだ来ない。家の中にも何の音も聞えず、予期したような活劇も起りそうにない気配である。
 私はあんまり様子が変だから表の扉《ドア》を開いて中に這入ってみた。見ると内部はがらんとした板張りで埃だらけの共同椅子が十四五ほど左右に並んでいる。正面には祭壇があって真鍮《しんちゅう》の蝋燭《ろうそく》立てが並んでいるが十字架はない。その代り左手の壁に聖母マリアの像と、それから右
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