いも何も掛けていず青い中折帽から新しい背広服に至るまで、最前とはまるっきり様子が変っているので、もしかしたら私の思い違いかも知れない。第一あの運転手ならば、私が警視庁の人間である事を気付くと同時に、多少に拘わらず吃驚《びっくり》した表情をあらわす筈である……なぞと考えながらつい鼻の先に山口勇作と貼り出して在る運転手の名刺を見ているうちに自動車は最早《もう》、半蔵門の曲り角に立っている人混《ひとごみ》を電光のようにすり抜けて、麹町の通りを一直線に、土手三番町へ曲り込んだと思うと、二葉女学校の裏手にある教会らしい小さな西洋館の前でピタリと止まった。止まると同時に志免警部は、私に一挺のブローニングを渡しながら真先《まっさき》に飛び降りて、空色のペンキで塗った門の扉を両手で押したが門は締りがしてなかったと見えてギイと左右に開いた。そこから真先に躍り込んだ志免警部に続いて三人の刑事が走り込んだ。
 続いて私が降りようとすると、運転手は初めて気が付いたらしく、ギョロリと光る眼で私を見たが一寸躊躇しながら、丁寧に帽子を脱いで訊ねた。
「旦那……待っておりますでしょうか」
「うむ。そうしてくれ」
 と
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