町まで行きたる帰途、赤坂見附の上に差しかかりたるに、三十前後の盛装したる女に呼び止められ、華族女学校横まで連れ行かれ、金五円を貰い、新しき法被を着せられ、山下町東洋銀行に到り、白き書類様の包みを受取り、市ケ谷見附まで引き行きて件《くだん》の客を下し、法被を脱ぎて帰るさ同見附駐在所にて呼び止められ『何故《なぜ》に毛布を垂らして俥の番号を隠しいるや』と叱責され謝罪して帰りたる由。因みに、その時同人は新しき革足袋《かわたび》を穿き、古きメルトン製の釜形帽を冠りおりたる由……おわり……」
「それだけかね」
「それだけです。あ……丁度志免警部が帰って来ました」
「電話に出してくれ給え」
「アアモシモシモシモシ」
 疑いもない志免警部の声であるが、どうしたものかすっかり涸《か》れてしまっている。
「モシモシ。課長殿ですか。課長殿ですか」
「どうしたんだ君は……僕だよ……狭山だよ」
「女の手がかりが付きました」
 これだけ云って志免警部は息を継いだ。
「どうして……どこで……」
 と私は態《わざ》と落着いて云った。志免警部は水か何か飲んでいるらしく頻《しき》りに咽《むせ》る音が聞えたがその間私は黙っ
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