なく、却ってその他の余り感服出来ない処に引いてあるのが多い。
 私は聖書をそのままポケットに突込んで、電車線路を横切って日比谷公園に這入った。それから人の居ないベンチをぐるぐるまわって探した揚句《あげく》、音楽堂の前に行列している椅子のまん中あたりの一つに引っくり返って、とりあえず聖書の中の赤い筋を施した文字を拾い読み初めた。――
 ――主《しゆ》たる汝《なんぢ》の神《かみ》を試《こゝろ》むべからず。
 ――向《むか》うの岸《きし》に往《ゆ》かんとし給《たま》ひしに、ある学者《がくしや》来《きた》りて云《い》ひけるは師《し》よ。何処《いづこ》へ行《ゆ》き給《たま》ふとも我《わ》れ従《したが》はん。
 ――癩病《らいびやう》を潔《きよ》くし、死《し》したる者《もの》を甦《よみがへ》らせ、鬼《おに》を逐《お》ひ出《だ》す事《こと》をせよ。
 ――罵《のゝし》る者《もの》は殺《ころ》さるべし。
 ――二人《ふたり》の者《もの》他《た》に於《おい》て心《こゝろ》を合《あ》はせ何事《なにごと》にも求《もと》めば天《てん》に在《いま》す我父《わがちゝ》は彼等《かれら》のためにこれを為《な》し給《た
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