何かしら共通の秘密が伏在していはしまいか。その秘密がこの事件の裏面に潜んでいて、二人を自由自在に飜弄《ほんろう》しているために、こんな矛盾を描きあらわす事になったのではないか……待てよ……。
ここまで考えて来た私は、無意識の裡《うち》にぴったりと立ち止まった。……と同時にポケットの中で最前の聖書をしっかりと握り締めながら、ぼんやりと地面《じびた》を凝視している私自身を発見した。そこいらを見まわすと私はいつの間にか銀座裏を通り抜けて帝国ホテルの前に来ている。
私はポケットから聖書を引き出して眼鏡をかけた。そうしてすたすたと歩き出しながら聖書を調べ初めた。
それは日本の聖書出版会社で印刷した最新型で、中を開くと晴れ渡った秋の光りが頁に白く反射した。持主の名前も何も書いてないが、処々に赤い線を引いてあるのは特に感動した文句であろう。ヘリオトロープの香《かおり》は引き切りなしに湧き出して来る。
私はこの聖書から是非とも何物かを掴まねばならぬという決心で、一層丁寧にくり返して調べ初めた。すると、あんまりその方に気を取られて歩いていたために、日比谷の大通りの出口で、あぶなく向うから来た一台
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