真理である。
私はこの場合すぐこの原則を応用した。事件の表面に現われた矛盾の最も甚しいものを、がっしりと頭の中に捕まえた。それは矢張り彼女であった。自称田中春であった。
この女は一方に質素な藍色の洋服を着て、せっせと働いているように見えながら、一方には派手な扮装《なり》をして、白粉《おしろい》をこてこてと塗って大金を受け取っている。どこに居るかわからぬ子供を思い切ると云うかと思うと、夫婦別れをするらしいのに夫の身の上を心配している。人が吃驚《びっくり》するような美人でありながら、醜い夫に愛着しているのも妙だし、そうかと思うと金を捲き上げているし、正直な風をして聖書をひねくっているかと思うと、その裏面では容易ならぬ曲者《くせもの》の手腕を示している。その癖又、弱々しいところもあるかと思うとしっかりし過ぎているところもあるし、落着いているようにも見えれば慌てているようにも見える。その他何から何まで理窟の揃わない辻褄の合わぬ事ばっかりしているので、その行動の矛盾|撞着《どうちゃく》している有様が、ちょうど岩形氏の死状の矛盾撞着と相対照し合っているかのように見えるところを見ると、その間には
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