に登るか登らぬかの境目だから、今一度辛棒して考え直さなければならぬ。苟《いやし》くも法律の執行官たるものが、こんな無責任なだらしのない事でどうする……と自分で自分の心を睨み付けながらそろそろと歩度を緩めた。そうして全然別の方向からこの事件を観察すべく、鼻の先の一尺ばかりの空間に、全身の注意力を集中し初めた。
 すべて探偵術のイロハであって、同時にその奥義となっている秘訣は、事件の表面に現われた矛盾を突込んで行く事である。これは強《あなが》ちに探偵術ばかりでなく、凡《すべ》ての研究的発見は皆そうだと云っても差支《さしつかえ》ない位で、高尚なところでは天文学者が遊星の運動の矛盾から割出して新しい遊星を発見し、生物学者が動植物の分布の矛盾から推理して、生物進化の原理を手繰《たぐ》り出すのと一般である。もっと手近い例を取れば、一人の嫌疑者を取調べるにも、
「お前の云うところはここと、ここが矛盾している。これは何故か」
 と突込《つっこ》んで行くと遂には、
「恐れ入りました」
 と服罪するようなもので、理窟は誰でも知っているが実際に扱ってみるとなかなか裏表の使いわけの六ケ敷い、深刻な妙味を持った
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