の中にあった岩形氏の言葉を思い出した。
 ……永遠に酔い、永遠に眠る……。
 ……「自殺」という考えが私の頭の中に閃めいた。けれども自殺とすれば何という奇妙な自殺法であろう。遺書《かきおき》一本残さずに、泥だらけの手で毒薬を注射して、上着と外套を後から着て、横向きに寝て、眼を一ぱいにあけて、開いたままの窓の方を睨んでいる自殺者は、永年変死人を扱い付けている私も、聞いた事すらない。何の必要があって、そんな変梃《へんてこ》な死に方をするのかすら見当の付けようがない。唯《ただ》御苦労と云うより外はないであろう。
 これで他殺の証拠も消え失せるし、自殺と認める理由もなくなった。あとは他殺と自殺の意味を半分|宛《ずつ》含んでいる「過失」という疑問が残る。今まで過失で死んだものを他殺とか、自殺とかいって大騒ぎをした例は珍らしくない。私も二三度迷わされた事があるが、彼《か》の紳士も丁度、自殺と他殺の中間の恰好をしている。
 しかし「過失」とすれば彼《か》の紳士は何か持病があって、その苦痛を免《のが》れるために何かの注射をしていたもので、その分量を誤ったものと見なければならぬが、そんな持病のために一度
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