考えられる可能性が出来て来る。但し、ボーイに与えた二十円は、余りに多額に過ぎるようであるが、これも想像を逞しくすれば、よく調べずに渡したものとも考えられるであろう。
 しかも……万に一つこのような想像が全部事実として、女が絶対に犯人でないとすれば、彼《か》の紳士は誰が殺したか。誰が珈琲に毒を入れたか。岩形氏が鍵をかけておいた扉《ドア》を誰が開いたか。
 そもそも何の目的で殺したか。
 私は最前ボーイが話した、朝鮮人らしい留学生を疑ってみた。岩形氏が註文した珈琲を、自分のものだと云いがかりを附けながら、その拍子に多分丸薬と思われる毒薬を投込んだものに違いないとは思ったが、そんなものがホテルに来た形跡は少しもないし、所持品も紛失したものがないようだから結局殺した目的はわからない事になる。よしんば、その不明の目的のために岩形氏を殺したとしても、その手がかりになる留学生は、唯、顔に痘痕《あばた》があるというだけで、探し出すにしても雲を掴むような苦心をしなければならぬ。早稲田の帽子を冠っていたと云うけれども、そんな奴の冠る帽子が当《あて》になった例は先《ま》ずない。
 最後に私は最前のボーイの話
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