ッハッハッハッ。左様《さよう》なら……」
「左様なら……」
 ボーイは逃げるように裏階段を駈け降りて行った。恐ろしく気の利いた奴だ。
 往来に出てから時計を出してみると十一時二十分過ぎである。今まで電話がかからぬところを見ると紅海丸には異状がなかったと見える。機敏な志免警部は最早第二の処置に取りかかっているであろう。
「……二人は夫婦だ。子供の事を口にしていたと云うから……」
 と私は独言《ひとりごと》を云った。そして考えを散らさないように外套の襟を立てて、地面《じびた》を見詰めながら歩き出した。

 私の行くべき道は、ここで明かに二つに岐《わか》れてしまった。実に面目次第もないが事実の前には頭が上がらない。
 ……一つは女を犯人と認めて行く道……。
 ……もう一つは女を犯人と認めないで行く道……。
 女を犯人と認める理由は、最前ホテルで説明した通りである。殊に東洋銀行から大金を引き出しながら落ち着いて出て行ったところ……又紙幣の包みを金と覚《さと》られぬように、若い車夫を雇ったところなぞはなかなか一筋縄で行く女でない。況《いわ》んやステーション・ホテルでボーイに金を呉れて十四号室へ案
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