顔を見ると、慌てて逃げるように降りて行きました」
「ハハハハ。よかったね。それじゃもう一つ聞くが、昨夜《ゆうべ》の色の黒い紳士が、何か女から貰ったものはないかね。紫色のハンカチの外に……」
「別に気が付きませんでした……あ。そうそう、女が立って行った後に残っていた、小ちゃな白いものをポケットに入れて行きました」
「どれ位の……」
「これ位の……」
と指でその大きさを示した。それは丁度名刺半分位の大きさであった。
「もう御誂《おあつら》えは……」
「有り難う……ない……」
と立ち上りながら私は一円紙幣を一枚と五十銭札を一枚ボーイの手に握らした。ボーイは躊躇して手を半分開いたまま私の顔を見上げた。
「……これは……頂き過ぎますが……」
「……いいじゃないか、それ位……」
「だって……だって……」
とにやにや笑いながらボーイは口籠《くちご》もった。
「……何だ……」
「だって……貴方は狭山さんでしょう。警視庁の……」
「えっ……。知っていたのか」
「……へえ……新聞でよくお顔を……」
「アッハッハッハッ。そうかそうか。それじゃチップが安過ぎる……」
「もう結構です。又どうぞ……」
「ア
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