下げながら……へい。只今……と云ってこっちへ持って来ちゃったんです」
「顔は記憶《おぼ》えているかね」
「みんなは知りませんが、そう云った奴の面付《つらつき》だけは記憶《おぼ》えています。色の黒い、痘痕《あばた》のある、瘠《や》せこけた拙《まず》い面でした。朝鮮人かも知れません」
「ほかに特徴はなかったかね」
「さあ。気が付きませんでした。薄汚ない茶色の襟巻をしておりましたが」
「着物は……」
「三人とも長いマントを着ておりましたから解りません」
「下駄を穿《は》いてたかね」
「靴だったようです」
「フーム。元来この店には朝鮮人が来るかね」
「よっぽど金持か何かでないと来ません。留学生はみんな吝《けち》ですから……女が居れば別ですけど……」
「ふふん。その連中の註文は……」
「珈琲だけです。何でも洋装の女より十分間ばかり前に来て、三人でちびちび珈琲を舐《なめ》ていたようです。客が多ければ追い返してやるんでしたけど……それから女が出て行くと直ぐあとから引き上げて行きました。癪に障《さわ》るから後姿を睨み付けてやりましたら、その痘痕面《あばたづら》の奴がひょいと降り口で振り返った拍子に私の
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