「いいえ。昨夜《ゆんべ》の女の方が初めてだったと思います」
「昨夜《ゆんべ》その紳士が来た時には、客が少なかったと云ったね」
「申しました」
「幾組位、客があったかね」
「ええと。あの時は隣の室に一組と、こっちの室に一組と……それっきりです」
「合わせて三組だね」
「そうです」
「そのこっちの室に居た客人は学生かね」
「そうです。けれども留学生です」
「……ふうん。留学生。間違いないね」
「間違いこありやせん。早稲田の帽子を冠っておりましたけど、大丈夫日本人じゃありません」
「どこの卓子《テーブル》に居たね」
「あすこです」
 とボーイは料理部屋から上って来る裏口の階段を指した。
「何人居たね」
「……えーと。そうです。三人です」
「どんな風体《ふうてい》の奴かね」[#底本では受けのカギカッコの前に句点あり]
「失敬な奴でした。其奴《そいつ》は僕が……私がここのお客様に持って来ようとするウイスキー入りの珈琲《コーヒー》を捕まえて片言で……こっちが先だ。それはこっちへ渡せ……と云うのです。ウイスキー入りの珈琲は一つしきゃ通っていないのに、そんな事を云うんです。けれども僕は我慢して頭を
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