と置いた。そうして二十円札を一枚ボーイの銀盆の上に投げ出すと、並んだ料理は見向きもしないで、階段をよろめき降りて行った。
「いま迄にそんな事をした事があるかね……その紳士は……」
 と私はすこし真面目になって訊いた。ボーイは何かしらにこにこして、私の顔を見い見い、態度と語調を換えた。
「いいえ。ございません。いつもたった一人でちびりちびりやって、黙って窓の外を見たり、考え込んだり、新聞を読んだり……」
「……一寸待ってくれ……それはどんな新聞かね」
「英語の新聞です。日本のはなかったようです。二三度忘れて行かれましたが……」
「その忘れた新聞が残っていないだろうか」
「なくなっちまいました。料理番《コック》が毎日新聞紙を使いますので……フライパンを拭いたり何かして、あとを焚付《たきつけ》にしてしまいますので……」
「外国で発行したものかどうかお前には解らないだろうなあ」
「わかりません」
「西洋のポンチ絵が載っていやしなかったかい」
「さあ。気が付きませんでした。すぐにくしゃくしゃにして終《しま》いますので……」
「……ふうむ……惜しいな……ところで、その紳士には時々連れでもあったかね
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