った。
 しかし、それは大して長い時間ではなかった。やがて感慨深そうに眼を閉じて、何やら二三分間考えていた男は、急に高らかに笑い出しながら眼を開《あ》いて、そこいらを見廻した。
「アハハハハ。馬鹿野郎。何を考えているんだ。考えたって何になるんだ。アハハハハ。おい。ボーイ。酒だ酒だ。ウイスキーでもアブサンでも、ジンでも、キュラソーでも何でも持って来い。みんな飲んでやる。ねえ諸君……」
 と叫びながら今度は近い処に固まっていた五六人連れの学生にとろんとした眼を向けた。
「ねえ諸君……諸君は学生だ。前途有望だ。理想境《ユートピア》に向って驀進《ばくしん》するんだ。……吾輩もカフェー・ユートピアに居る。即ち酒だ。酒が即ち吾輩の理想境《ユートピア》なんだ。あとは睡る事。永遠に酔い永遠に眠る。これが吾輩のユートピアだ。アッハッハッハッ。どうだね諸君……」
「賛成ですね」
「うむ。有り難い。それでは諸君一つ吾輩の健康を祝してくれ給え。甚だ失敬だが、この瓶を一本寄贈するから……」
 と云ううちに、ボーイが持って来た二三本の酒の中から、シャンパンを一本抜き出して、学生連が取り巻いている机のまん中にどしん
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